「AIが使えない」ではなく「AIに教えられなかった」という問題
生成AIを業務に導入しても、なかなか現場で使えないという声は多い。ところが、その原因を掘り下げると、AIの性能ではなく「企業固有の業務知識をAIに正しく渡せていない」という壁に突き当たるケースが少なくない。三菱UFJ銀行が取り組んだ海外事務の標準化プロジェクトは、まさにその壁をどう乗り越えるかに正面から向き合った事例だ。表面上は「業務効率化」の話に見えるが、その本質はAI導入の前提条件——すなわち「組織の暗黙知をいかにAIが扱える形に変換するか」という問いへの一つの答えである。
熟練者の頭の中を標準化する、三菱UFJ銀行が直面した現実
三菱UFJ銀行は海外事務の標準化を推進するにあたり、これまで熟練従業員の経験と判断に依存してきた業務プロセスの精査を、生成AIに置き換えることを試みた。業務標準化とは、属人的なノウハウを誰でも再現できる手順として言語化するプロセスだが、それ自体が従来は非常に手間のかかる作業だった。同行はこの工程に生成AIを活用することで、標準化にかかる手間を約9割削減することに成功している。
しかし、道のりは単純ではなかった。生成AIを導入した当初、同行が直面したのはAI特有の問題——いわゆる「ハルシネーション(事実と異なる情報の生成)」と、回答の質や内容のバラつきだった。金融機関の業務においては、誤情報や一貫性のない判断は致命的なリスクになりうる。そのため、AIをそのまま使うのではなく、AIが正確かつ一貫した回答を出せるように業務知識を体系化して渡す仕組みを構築することが不可欠だったという。
「教え方」を変えることで、三菱UFJはAIの誤情報をどう制御したか
同行が採用したアプローチの核心は、生成AIへの「業務知識の渡し方」を設計し直すことにあった。熟練従業員が持つ判断基準や例外処理のノウハウを、AIが参照・活用できる形に整理・構造化することで、ハルシネーションの発生を抑え、回答のバラつきを小さくすることに取り組んだ。言い換えれば、AIそのものを改造するのではなく、AIに与えるインプット(業務文脈と知識)の質を高めることで出力を安定させるという発想だ。
この手法は、プロンプトエンジニアリング(AIへの指示文を工夫すること)の延長線上にあるが、それよりも一段深いレベル——業務ドメインの知識そのものを構造化するという組織的な作業を伴う。単にAIツールを導入するだけでなく、業務知識の棚卸しと再設計というアナログな作業が先行したことが、成功の鍵だったと読める。
金融・事務系業務を担う企業にとって、この事例は何を示すか
今回の取り組みが直接的に参考になるのは、三菱UFJ銀行と同様に「熟練者依存の業務プロセス」を抱える企業、とりわけ金融・保険・法務・貿易実務など、正確性と一貫性が強く求められる領域だ。これらの分野では、生成AIの「確率的な出力」という性質が特にリスクになりやすく、単純なツール導入では現場の信頼を得られないことが多い。
一方で、同行の事例は「業務標準化自体のコスト削減」という副次的な価値も示している。AIを使った成果物(標準化された手順書など)が主目的ではなく、標準化プロセスそのものを高速化できるという点は、人手不足に悩む多くの事務部門にとっても示唆が大きい。日本の金融機関や大企業の管理部門が抱える「属人化の解消」という長年の課題に、新しいアプローチを提示するものといえる。
同行が示した成果の再現性、他社が踏み出す前に確認すべきこと
9割という削減効果は注目に値するが、そのまま他社に当てはまるかどうかは慎重に判断する必要がある。今回の事例は三菱UFJ銀行という特定の組織規模・業務領域・リソースのもとで達成されたものだ。業務知識の構造化に必要な工数や、AIへの知識移植を設計できる人材の有無は、企業によって大きく異なる。また、ハルシネーションや回答のバラつきをどこまで許容できるかという基準も、業務の性質や社内のガバナンス体制によって変わってくる。
現時点では、「どのような業務知識をどのように構造化したか」「どのAIシステムを用いたか」といった技術的な詳細の多くは公開されていない部分もある。自社への応用を検討する際には、表面的な数字だけを参照するのではなく、自社業務のどの部分が「知識の構造化」に適しているかをまず見極めることが先決だ。
NEWGATAが見る、この取り組みが日本の業務AI活用に持つ意味
今回の三菱UFJ銀行の事例が際立っているのは、「AIを使いこなす」ことより「AIに教えるための組織的な準備」に投資したという順序にある。多くの企業がAIツールの導入コストや機能比較に注力する一方で、実際の現場定着率が低い原因の一つは、この「教える準備」が不足しているところにある。同行の取り組みは、AI導入の成否を左右するのはツールの選定よりも業務知識の整備にあるという事実を、金融という高リスク領域で実証した点で意義深い。
日本企業全体を見渡すと、業務の属人化は金融に限らず製造・流通・医療など広範な領域に根を張っている。この問題を「デジタル化の障壁」として諦めてきた組織にとって、生成AIを「属人化の解消ツール」として位置づけ直すという発想の転換は、単なる効率化以上の意味を持つ。重要なのは、AIが仕事を代替するかどうかという議論ではなく、「組織の知識を誰でも使える形にするコストを下げられるかどうか」という問いに答えを出すことだ。三菱UFJの事例は、その問いに対して「下げられる、ただし準備が要る」と答えを返している。その準備に正直に向き合えるかどうかが、今後の日本企業のAI活用の分岐点になるだろう。
本記事は公開情報をもとに、NEWGATA編集部で確認のうえ掲載しています。
参照元
- ITmedia AI+ — 業務標準化の手間を9割減 三菱UFJ銀行は生成AIに「業務知識」をどう教えた?(2026-08-21)

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